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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1628号 判決

控訴人(原告)

日本シヤフト精工株式会社

代理人

岡本拓

外二名

被控訴人(被告)

東京生命保険相互会社

代理人

三宅一夫

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴会社代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一三〇万円およびこれに対する昭和二九年五月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴会社代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否≪省略≫

理由

一、被控訴会社代理人は、控訴会社が被控訴会社に対しその主張の損害賠償請求権を有していたとしても、それはすでに三年の消滅時効により消滅している旨抗弁するので、右損害賠償請求権の成否の点はしばらくおき、まず、右抗弁について判断する。

(一)  民法七二四条は、不法行為による損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知つたときから三年間これを行なわないときは時効によつて消滅する旨規定する。ところで、ここに、「損害」とは違法な行為による損害発生の事実を、また、「加害者」とは損害賠償請求の相手方となる者をそれぞれ意味し、また、「知る」とは、被害者またはその法定代理人において右損害および加害者を単に憶測し、あるいは、推定することではなく、これらのものを現実に、かつ、具体的に認識することを意味し、かつこれを以つて足るものというべきところ(損害賠償請求権の発生、行使の各要件事実を知ることを要するとする控訴会社の(1)の主張の採用できないことはいうまでもない。)同法七一五条に規定する使用者の損害賠償責任は、これと被用関係にある者が、その事業の執行について第三者に損害を加えることにより生ずるわけであるから、この場合に加害者すなわち損害賠償の相手方となる者を知るとは、被害者らにおいて、使用者及び使用者と不法行為者との間の使用関係はもちろん、当該不法行為がその事業の執行についてなされたものであると認めうる外形的事実を認識することを指称すると解するのが相当である。もつともこの点につき、使用者及び使用者と不法行為者間の使用関係の存在を知ることを以て足をものの如く解される先判例(大判、昭和一二、六、三〇)がないではないが、被用者の不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであるか、どうかは、被用者ないし使用者側の主観的事情を離れ、当該不法行為の外形によつて客観的に判断すべきものであると解する以上、被害者において事業の執行につきなされたものであることを示す外形事実を認識することにさほど困難があるわけでないから、前記使用関係のほかにこの外形的事実を認識したときを以て加害者を知つたときにあたるとしても、これがため消滅時効の起算点を不明確ならしめ延いては時効の進行を不当に遅らせる等、法の認めた短期時効の効用を失わしめるおそれがあるとは考えられないし、また法が消滅時効一般については、権利の知、不知といつた権利者の主観的な事情の如何にかかわらず、専ら権利を行使しうる客観的状態にあるときを以てその起算点とするのに対し、本件の如き不法行為によつて生じた損害賠償債権については、権利の存在を知りうる標識たる、「損害及び加害者」を知つたときを以て起算点とし、被害者の心意ないし利益を考慮している趣旨に徴するときは、前記先判例の存するにもかかわらず、前説示の解釈を以て正当としなければならない。したがつて、被害者が使用者を全然知らない場合、あるいは、被用者の不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判定しうる外形的事実の認識がなく、従つて被用者個人の行為であるとしか認識していない場合にはいまだ加害者を知つたというを得ないが、前記説明のように加害者を知るとは、損害賠償請求の相手方となる者を認識することであつて、その者がはたして法律上の損害賠償義務を負うかどうかまで知ることを要求するものではないから、被害者が使用者に対して損害賠償請求の訴を提起し得るとの確信を有していたかどうかはもとより問うところではない。控訴会社は、この点に関し同法七二四条にいわゆる「知る」とは、右のような訴提起の確信を有するに至る程度であることを要する旨主張((2)の主張)するが、右主張は右説示に照らし採用に由なきものである。

≪以下省略≫(金田宇佐夫 日高敏夫 同古崎愛長)

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